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2007年06月02日

おでかけ

今日は一日中、ゆださんのお世話になりました。
早朝から西の山へ南の山へ東の山へ。

高山村の山の中で騒いで、疲れたので、とりあえず解散。
で。お米を食べて、大河ドラマを見て、マジテレを見て、「遊んだらお仕事もしないと」と思い、事務所へ。

でもイマイチ気分が乗らないので、ちょっと長野をウロウロしました。

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ここは、4回目の川中島の合戦で上杉謙信が陣を張った妻女山からの眺め。
向こうに見えるのは、武田信玄が最初に陣を張った茶臼山付近。

大河ドラマの舞台になったおかげで、それまで場所も知られていなかった妻女山への看板が出され、頂上までの道が整備され、頂上には展望台が設けられ、そのために木が間引かれ。

大河ドラマの力は偉大だとつくづく思いました。


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妻女山は、上杉側の陣なので、旗がはためいてます。
右は「懸かり乱れ龍」という旗だそうです。
突撃とか総攻撃をするときに本陣に掲げられたよう。
ってことは、きっと川中島で信玄の本陣へ突撃したときに、この旗がパタパタしていたんだろうと思う。

もう一枚は、昆虫の「昆」。
謙信は自分を毘沙門天の化身だと信じていたので、それを旗印に。
毘沙門天は、仏法を守る四天王のうちの多聞天という神様だそうです。

典厩寺で知りました。

妻女山の次は、やはり風林火山つながりで典厩寺へ行かなくてはというお話になりました。

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典厩寺は、4回目の川中島の戦いで武田信繁が陣を張った場所だそうで。
川中島の戦没者を弔うために、真田氏が作らせた日本一でっかい閻魔像があったり、討ち死にした武田信繁の首を洗った井戸があったり。
いろんな歴史的な資料が置いてあるお寺でした。
武田典厩信繁は、武田氏の中でも、兄の信玄と仲が良く、よくサポートしていただけでなく、信望も厚くて素晴らしい人だったみたいです。
信玄が武田氏を継ぐ際に、大きな混乱にならなかったのも、信繁さんが偉かったところがあるんだろうなーと単純に思ったりしました。

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その後、地附山へ行ってみました。
ここは20年くらい前に大規模な土砂崩れがあって、長い間、一般人が入れなかった場所になってました。

で。
きっと入れないんだろうと思いながらも行ってみたら、公園が出来ていて、長野市一円がひと目で見渡せるすごい場所になってました。

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朝9:30-18:30までしか入れません。
夜とかキレイだろうなぁと思ったけれど、夜に開放すると、いろんな事情があるんだろうと思いました。

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滑り台は楽しい。

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2007年06月02日 20:00

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