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2007年03月22日

メロビンジアン

何年か前にマトリックスを見たときに、こんな名前のフランス人が出ていたのを思い出した。
フランス人というか、そいう名前のプログラムなんだけど、フランス語を話してた。

で。
なんでメロビンジアンを思い出したかというと、このプログラムが話していた言葉が印象深く、ずっと忘れられずに覚えている。
一言一句覚えているわけではないが、たしか「原因と結果」ということを頻繁に言っていた。

自分は勉強がニガテな方なので、あまりこの辺の細かいことは良く分からないのだけれど、きっと多くの人が「原因と結果」を潜在的に知って生活していると思う。
AMラジオで13:30くらいにジェームズアレンというおじさんも、この辺のことを一生懸命しゃべっていたのだけれど、身の回りに起きるすべての結果には、それを引き起こす原因があるそうだ。

宝くじを買って当たらなかった人は、当たらなかったという結果よりも、お金を払ったことに後悔をして、でも後悔するような行動をしたのは自分自身で。
それを売った売店のおばちゃんにも、ルーレットを廻したおじさんにも問題は無く、そこで「くれ」といった自分自身が原因なわけで。

日の当たらない裏の路地のお店で、誰も買わない通らないと悔やんでいる人も、そこにお店を出したのは自分自身で、たとえ誰かに言われたとしても、それを信じたのも、その気になったのも自分自身で。
そこにいたるまでの行動に何らかのものが欠如していたことに原因があるのだろうと思う。


マトリックスという映画で見たからなおさらなのかもしれないけれど、「原因と結果」はどんなときでも脳みその端っこにこびり付いていて、何か後悔するような事態になってしまったときに必ず湧き出してくる。

今だから人に伝えることができるのだけれど、何年か前は身の回りのどんな人でも「何を考えているか分からない」と疑って見ていた時期があって、お仕事で一緒になる人も、それまで付き合いのあったお友達も全部が疑心暗鬼で、そんなことをしているうちに誰とも話せなくなったことがあった。

あとで振り返ったときには一番何を考えているのか分からなかったのは自分自身で、周りの誰かが意図的にそんなことをしていた訳でもなく、自分でそんな状況を作ったことに気がついた。


自分はあまり上手ではないけれど、ホームページを作ることも、その場所に何を配置するかということに要因があって、単に自分の好みだけでその場所が決められているわけではないと習った。

上や右や左に、そのボタンがあることには理由がある。
だそうだ。

色とか下線とかも理由がある。
らしい。

自分の好みだとか誰かが言ったという理由以前に、自分自身がなぜそうしたのかという理由が必要なのだと思う。
でなければ、出来上がった結果についての原因や要因が無さ過ぎる。

かっこ悪いのはスミマセン。
そう思った人と趣味趣向を共有できなかったから。
僕の好みが君好みじゃないんだね。ってこと。

「好き・嫌い、良い・悪い」っていう自分本位の理由以外だったら、たいていの人は実のある話が出来るんじゃないかなと思う。
一生懸命考えた理由が間違っていたら、もっと申し訳ないけれど。


何年か前から仕事や身の回りの出来事で、体や心を壊してしまう人が多くなってきているけれど、自分自身に起きた結果の原因を、他の誰かの原因にしてしまうことがあるかと思う。
自分も未熟な人間なので、必ずしもできるとは言い切れないけれど、自分の身の回りに起きたことは少なからず自分自身にも原因があることを素直に考えてみたいと思う。


ちなみに。
日本人の罪の意識とか、やって良いこと悪いことの原因は日本神話の中で語られててなかなか興味深い。

日本神話とは関係のない神社のページ

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2007年03月22日 23:46

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